研究成果

筋萎縮性側索硬化症(ALS)における運動神経細胞のストレス応答異常のメカニズムを解明

 名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学分野の渡邊 征爾 講師(筆頭著者)、山中 宏二 教授の研究グループは、発生・遺伝分野 荻 朋男 教授、および大学院医学系研究科 神経内科学 勝野 雅央 教授と共同して、筋萎縮性側索硬化症(ALS)において、小胞体・ミトコンドリア接触領域(MAM)の破綻が ALS 原因遺伝子産物である TANK 結合キナーゼ 1(TBK1)の活性低下を引き起こして、運動神経細胞のストレス応答異常を引き起こすことを解明しました。
 ALS は、運動神経細胞が細胞死を起こして脱落することにより、全身の筋肉が徐々に動かせなくなり、発症から 2~5 年で死亡する最も重篤な神経難病です。これまでに、研究グループは運動神経細胞内にある細胞内小器官である小胞体とミトコンドリアが互いに接触する領域、MAM の破綻が ALS の発症に重要であることを明らかにしてきました。しかし、MAM の破綻がどのように運動神経細胞の細胞死を引き起こすのか、その全容は明らかではありませんでした。
 研究グループが ALS 原因遺伝子産物であり、また自然免疫における重要分子TBK1 に着目して解析を行ったところ、ALS 患者の脳組織や脊髄組織では TBK1 の活性化が顕著に低下していることを見出しました。TBK1 の活性低下は MAM を人為的に破綻させたマウスでも同様に認められたことから、MAM 依存的であることが明らかになりました。これらの結果は ALS における MAM の破綻が TBK1 の活性低下を引き起こしていることを示唆しています。さらに、MAM が破綻したマウスではTBK1 の活性低下に伴って、ストレスをかけた場合に運動機能障害が観察されました。
 本研究により、MAM が TBK1 の活性化を介して運動神経細胞のストレス応答に貢献しており、ALS では MAM の破綻に伴って TBK1 の活性が低下することが運動神経細胞の細胞死につながっていることが示唆されました。MAM や TBK1 を標的とすることで、ALS における新たな治療戦略の開発につながるものと期待されます。
 本研究成果は 2023 年 11 月 15 日付で「米国科学アカデミー紀要」に掲載されました。

【研究成果のポイント】
⚫ ALS 原因遺伝子産物である TANK 結合キナーゼ 1(TBK1)の活性が ALS 患者の神経組織で低下することを発見
⚫ ALS における TBK1 の活性低下は小胞体・ミトコンドリア接触領域の破綻が原因であることを解明
⚫ MAM 依存的な TBK1 の活性化は神経細胞のストレス応答、特にタンパク質の恒常性維持に重要であることを解明詳しい研究成果はこちら


書誌情報

雑誌名 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル Mitochondria-associated membrane collapse impairs TBK1-mediated proteostatic stress response in ALS
著者 Seiji Watanabe, Yuri Murata, Yasuyoshi Oka, Kotaro Oiwa, Mai Horiuchi, Yohei Iguchi, Okiru Komine, Akira Sobue, Masahisa Katsuno, Tomoo Ogi, *Koji Yamanaka
DOI 10.1073/pnas.2315347120

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Pro_231116en.pdf